« #3-1 | トップページ | #4 »

#3-2

それから30分程経つと練習は終了し、少年達は大きく手を振り夕日を背負いながらそれぞれの方向へと去って行った。

フェンスを越えやって来た圭は想子の左側で止まると、

「座っていいかな」

と遠慮がちに聞いた。

「どうぞ」

そう手でうながすと、圭は想子の隣りにどっかりと腰をおろした。

「はー、ばてた」

圭は首にはタオルをかけ、手には小さなバッグとスポーツドリンクを持っていた。

「子供って容赦なく走るもんなー」

そう言いながら上半身を後ろに反らし、頭を完全に投げた状態で背もたれに身を預けていた。

そんな圭の無防備な行動を、想子はとても嬉しく感じていた。

「知らなかったな。雉子波さんが子供達にコーチしてあげてたなんて」
「そりゃあ、誰にも言ってないもん。言っても多分誰も信じないけど」

と圭は上を向いたまま笑っている。

「でも、あの子供達は?コーチとか親御さんとか。誰かに自慢したがるんじゃない?自分達は雉子波圭と練習してるんだぞって」

それでメディアもかぎつけて騒ぎになるんじゃないの?と言い足そうとして想子は口をつぐんだ。そんな事は恐らく圭本人が一番よく解っている事だから。

「一応コーチは軽く口止めしてるみたいだけど、しょうがないんじゃないかな、そういう気持ちは。実際最初の頃はお母さん達が何人か見に来てたけど、最近は来ないからね。みんな理解してくれてるみたいだよ、色んな意味で」

それは何気ない口調だった。

「それに自分はいつも居るわけでもないし、別段コーチしてあげてるって気持ちでもないしね」

そう言いながら背を起こすと、圭は想子の方を向いた。

「子供、好きなんですか?」

圭は、んー、と少し考えたのち、

「楽しいんだよね、彼らと一緒にプレーするのは。何も考えなくていい。気を使わなくていい。ただ楽しい。一緒になって走り回って、全てを忘れてボールだけ追いかけてる。そんな単純な気持ちなのかな。そりゃあ、初めて訪ねた時はそれはそれは驚かれたし一目おかれて見られてたけど、今では僕も普通に一サッカー少年として認識されてるみたいだよ」

と言うとスポーツドリンクをごくりと飲んだ。

(世界的スーパープレーヤーを一サッカー少年か・・・。そんな事普通じゃ・・・―)

「ありえない!」

と思わず想子は圭に向かって身を乗り出していた。

「いや、あながちそうでもないんだよ。みんな僕の事を色眼鏡で見ないからね。心の底で何を考えてるか解らない大人達よりも、ずっとみんな普通だよ」

メディアの煽りは普通じゃないから。

それは想子自身も身を持って体験してきた事だった。

「なんだか解る気がするな、そういうの・・・」

想子は白いパンプスの先に視線を落とすと、独り言のように小さくつぶやいた。誰の耳にも届かない程の小さな声で。

「君もそうなんだよね。彼らと一緒。不思議な人だな、と思う。僕が全く警戒心を持たずに話せる人」
「そうなんですか?私が?!」

想子は驚いて顔を上げた。圭はくったくなく笑っている。

「そうだよ。何でなんだろうね。まだたった2回しか会ってないのに、不思議と俺はそう感じてる。君はすうっと自然に俺の中に入ってきた気がしてるんだ」

「それは、なんて言うか・・・」

そして再び視線を外すと下を向き、広がっていたスカートの裾をきちんと整え

「光栄デス」

とはにかんだ。

それを見た圭はゲラゲラと大きく笑った。想子もつられてあはは、と笑う。今日の圭はオープンだった。心の扉が完全に開かれているように想子には思えていた。すがすがしい。まるで新緑の風に体ごとさらわれて行くみたいに。

「そういえば今日は随分とシックにスカートなんだね」

と圭に言われれば、

「一応商談ですから」

といたずらっぽく返す。
昔からよく知っている人と話しているような心地良さが、二人の間に流れ始めていた。

「サッカー、好きなの?」
「うん、割りと。熱烈なサポーターさん、と言うわけではないんだけど試合は結構見てるかも。日本代表戦はもちろん全部見てる。小さな頃、父親に三ツ沢競技場に連れて行かれた事がきっかけで好きになって。それになんと言ってもワタクシはツバサ君世代ですからね」

と言って想子はにっこりと圭を見つめ返した。

「ツバサ君って、あの漫画のツバサ君?!僕もなんだよー」

あの漫画はいいよね、誰が好きだった?ミサキ君?今考えるとミサキ君って、なんであんなに大人だったんだろう、とか思わない?ぜったい無いよねー。

などと少しの間2人は「ツバサ君」の話しで盛り上がっていた。そしてその時、ふいにある疑問が圭の頭をよぎった。

(と、言う事は彼女は自分と同世代なのか?)

「あの、失礼にあたるかもしれないんだけど、朝上さんて歳いくつなの?」
「想子でいいです。なんかやっぱり苗字で呼ばれると未だにしっくりこなくって」

そして一呼吸置くと、

「同い年ですよ、雉子波さんと」

と言った。

「ほんとに?!27なの?!」

その事実に圭はかなり驚かされた。くるくると良く変わる表情、そのしぐさ、声音。せいぜいが二十歳そこそこ・・・、大卒であることを考えてもやっと23くらいか。彼女は実年齢よりもだいぶ若く見える。

「歳より若く見える、って言いたいんでしょう?童顔なんですよー。それに日本に何年かいなかったから、日本の社会に対して結構社会ぼけしてる部分があるのも要因かも」
「海外にいたの?」

イタリアに3年いた自分だ。海外経験者の話は聞いていてとても楽しいし、何より想子が海外にいた、と言う事で圭はますます親近感を覚えていた。

「そう、アメリカに留学してたんです。高校1年の終わりからニューヨーク州の郊外のハイスクールに通って、その後大学はボストンに4年間」

(アメリカ、か。)

想子が人に対して割りとざっくばらんなのもそのせいなのかもな、と圭は思った。

「アメリカでなんの勉強してたの?」

(そう言えばこの前自由単位でフラワーアレンジメントの資格を取ったとか言ってたっけ。まさかガーデニングの勉強をする為にアメリカに渡った訳ではないだろうし。)

と、圭が答えを待っていたその時、

「あ・・・。蚊、だ・・・。蚊だー!!」

と言って想子は顔の辺りでブンブンと手を振り回し始めた。蚊だけでなく小さな虫もうようよと飛んでいる。気がつけばもう陽も大分落ち始めている。こんなに緑の多い公園では、黙っていても当然虫は沢山寄ってくる。

ハンカチを取り出して必死で手を振り回す想子の横顔を眺めながら、どうしようか一瞬迷った末、深呼吸すると圭は切り出した。

「あの、突然なんだけど、もしこの後何も予定がないんだったら、晩御飯、一緒に食べに行きませんか?」

ドリンクを握る手に力がこもる。じっとりと汗ばんだ掌が熱で更に湿り気を帯びている。女性を誘うということが、元来余り得意ではないのだ。

想子はその大きな目を更にこぼれ落ちそうな程まん丸にして圭を見た。

「いや、あの、なんか日も暮れてきたし、ここは虫も多いし。せっかくなのに話も途中になっちゃうのも嫌だし。ゆっくり君の話しを聞きたいな、と思って」

と圭は少しギクシャクと話しを継いだ。

その様子に、想子はまんまるになった目を細めると

「・・・はい!喜んで!」

と答えた。

「よかった。じゃあ決まりでいいね」

と言った圭の顔が少しほっとしたように柔らいだ。

もしかして緊張、していたのかな?と想子は圭の顔を覗き込んだ。あの時みたいだな、と思いながら。あの時、圭が初めて店を訪れた時。

そんな想子の様子に気付き、次の瞬間圭は照れ隠しの様にすばやく立ち上がると

「食事に行く前に1回家に寄ってもいいかな?さすがにこの汗まみれのまんまじゃあ、どこにも出かけられないからね」

と、そそくさと歩き出した。

圭にならって急いで想子も立ち上がる。

「いいですよ。じゃあ私どこかで待ってた方がいいですよね。この公園を抜けたところにカフェがありましたよね。そこで待ち合わせましょうか?」

その心の中を表すかのように足早に歩く圭を、想子は少し後ろから追う格好で歩いていた。

「なんで?家に来てちょっと待っててよ。シャワーなんて15分くらいで浴びられるからさ」

圭はまるで悪びれた様子も無く、無邪気な少年の様にさらりと言った。

「ええ?!」
「なんで?」
「いや、なんでって、だって・・・」

彼女、いいんですか?と言おうとしてそのまま想子は黙った。男女の友情が完璧に成り立つアメリカでは何の感情も持たない者同士、二人で食事をしたり家にあがって夜通し話し込んだりなど良くある事だった。そして圭もまた長期海外経験者だ。でも・・・。

(どういうつもり―?)

純粋に人としての興味、だと想子は思いたかった。圭が言った通り話しも途中だ。そして恐らく自分のそんな考えは間違ってはいないと思うし、たぶん圭は誰かを簡単に傷つける人間でも、器用にスマートに物事をやってのけられるような人間でもない、と心のどこかも伝えている。

(でも・・・。)

それを考えると想子の心は少し痛んだ。

口にするべきか、それともこのまま何もかも暗黙の了解として飲み込んでついて行くか。

そんな事を立ち止まって考えていると、

「どうしたの?急に黙って」

と足を止めた圭が振り返った。

「いや、あのいいのかなあ、と思って」
「何が」
「圭さんの、彼女さん」

やっぱり口にすべきじゃなかったかな、と想子は少し後悔した。

「何のこ・・・」

と、と言いかけて圭はようやく思い出す。思い出したところで、今この場で全てを上手く説明できる自信が圭にはなかった。

「あー、大丈夫、大丈夫。全く問題なし!それに、全部来れば解る事だから大丈夫だよ」

と説明と呼ぶには少し大雑把すぎるかな、と思いつつも圭はできるだけ簡潔に真実だけを口にした。

「?」

全ては家に着けば解る事だ。そうしたらきちんと説明しよう。想子が自分のおろかな嘘を許してくれるかどうかは別問題だけど・・・、と圭は一抹の不安を持ちつつも

「それから雉子波さんって言うの止めてよ。圭でいいよ。同い年なんだし。それにファンのみんななんて、俺の事思いっきり呼び捨てだしね」

と努めて明るく笑いかけた。

一点の曇りもない圭の笑顔。

彼はただ、今この瞬間に自分と一緒にいたいと思っていてくれている。そしてまた自分も。彼は信じるに値する人なのか? ― そうだと心は告げている。

ならば自分はどうしたいのか? ― これからの自分の毎日に、圭というファクターで色をつけてみたいと思っている。だとしたら。

想子は今のこの瞬間の自分の気持ちだけを大切にする事に決めた。

そして振り返って待つ圭に小走りで駆け寄ると

「じゃあ、喜んでお宅拝見とさせていただきますね、圭さん!」

と弾むように言った。

「光栄デス!」

と圭も無邪気に笑った。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

気に入っていただけましたら、ぜひクリックしてくださいね☆

にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ

|

« #3-1 | トップページ | #4 »

Angel-#03」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1149743/27205247

この記事へのトラックバック一覧です: #3-2:

« #3-1 | トップページ | #4 »